2013年1月3日木曜日

you and me in time



今年は、久しぶりに長めのお正月休み。
三賀日の終わりだけど、これだけまだ気分に余裕があるのは
不思議な感じ。

家族と長くいるのも、久しぶり。

最近は人と会うたびに、
この人とあとどれくらい時を過ごすことができるのだろう、
あと人生で何回会うことができるんだろう、
とか思ってしまう。

友達が海外とかにいる場合は特にそうだけど、
日本にいても、東京にいても、
やっぱりこの後どれくらい時間が残されているんだろう、
というのを考えてしまう今日この頃。

震災。
やっぱり大きかった。

それでも歩み続ける。



2012年12月9日日曜日

「SHAMANIC FREE PSYCH/ DRONE/ 舞踏」11月3日@渋谷公園通りクラシックス





2012年11月3日dadunr を見に行きました。





ふとしたことから

maguna-techの博美さんの舞踏を見に行くようになって、
そんなつながりで11月3日に見に行って、衝撃を受けた。

この方。



胡弓という楽器もめったに見ないのに、
年始めに神社で流れているようなドローンを主体にした、声、胡弓、ピアノによる即興。

出演者全ての方も、みんな呪術師のようだった。

そんな場に幸いというか、撮影として加わらせていただいたなんて、何たる幸運。
自分の中に、何かがたくわえられたか、吸い出されてしまった感じがした。





2012年11月18日日曜日

そして近づく年末

なんでいつも気がつくと、毎年この季節なのだろうか。

今年は夏ごろからプライベート、仕事と色々とあり、
今でも心は落ち着かない状態。

そんな中、昨日何を血迷ったか、雨の中、
スカイツリーを見に行ってしまった。

別にものすごくスカイツリーに興味があるというわけでもないのだけど、
半蔵門線を上り方面にずっと行くと、終点が押上、かっこスカイツリー、
となっているということは、途中で降りなければ、
本当にあのスカイツリーにたどりつけるのか?
と思い、当初の目的下車駅を通過して、ずーっと行ってしまった。

一人で行動しているならではの、フレキシビリティ。

いざ着くと、
長い地下道があり、人もまばらだった。
おそらく雨だったのでスカイツリー「タウン」のほうに皆行ったのだろう。

誰もいない出口の階段を登りつめて地上を見回すと、
つげ義春の「おばけ煙突」のように
スカイツリーはそびえ立っていた。

気分が晴れないときは、
どんなものを見てもこんな感じだ。

これだったら、会社に行く途中の公園の入り口のアーチを見ていたほうが、
まだ気分が晴れたかもしれない。

あーあ。

2012年2月19日日曜日

のりたま

私は子供のころに家族に健康上の問題があって、
塩分ひかえめで食事を用意されていたせいか、
調味料類(特に塩味をつけるもの)を省略する傾向がある。

そんな生活の中でもひかえなかったものといえば、
ふりかけだろうか。

そしてのりたまは今でも欠かせない。

実際のりたま無しで食べろと言われれば全然大丈夫なのだが、
のりたまがあると、ああやっぱりごはんにはのりたまなのだと思う。

今度時間があったら、
のりたまのかかったごはんを水彩画で描いてみたい。

2011年11月24日木曜日

みかん

みかんの美味しい季節になった。

子供の頃と比べると、身の回りで食べられる果物の種類も少しずつ変わった気がするが、みかんは変わる事のない永遠の親友のようである。

身の回りの風景にみかんがあると安心してしまう。
仕事場であろうが、外の風景であろうが、私的な空間であろうが。

イタリアに飽きに旅行に言った時、滞在先の家のお母さんが、最後にみかんを持たせてくれたのも良き思い出。

今度ペットを買ったり、新しいプログラムの開発コードなどを名付けるときは、たぶん「みかん」になるだろう。そう思ってしまうくらい、毎年今頃になるとみかんのことを考えてしまう。

2011年11月6日日曜日

eggplants

This is not the first time I write about eggplants.

But, every time I sense that my stomach claims eggplants, especially around this time of year,  and it almost feels like a totally new experience which I was longing for.

Actually, it was different this year.

I met a friend from Italy last month and showed her my favourite book of recipes bought at Bologna. Hearing my complain that those descriptions in Italian language is not plain, she picked some easy ones, then I was destined to cook eggplants once again.

Last year, it came out as a Chinese cuisine. Not bad.
This year, I used an oven.
When I finished cooking and tasted it, I was surprised by how that makes a difference.

Autumn leaves but my passion for eggplants shall not be ceased to fail.
Eggplants, I will make your sleep my song.

2011年8月1日月曜日

スマートフォンのアプリ

AndroidでもiPhoneでも、最近は簡単にアプリがダウンロードできて、
便利だと思う一方、何を選んだらいいのか途方にくれることがある。

Androidマーケットはソフトを買う段階で
レビューが見えるんだけど、
雑誌とか、他のわりと静的なコンテンツで、
「これはいいよ」
「このジャンルのソフトならこれが最高」
とか言っているにもかかわらず、そういうリアルタイムなレビューを見ると
「○○しようとしたらデータ消えた!最悪」とか結構簡単に
書いてあるので、どうしようかと思う。

レビューというのは、怖いと思う。
たとえばAmazonとかでも総合評価でも☆5つなんだけど、
よくみると大多数が高評価ながら、☆1つの人がまばらに存在していて、
それが実はまっとうな意見だったりする場合もある。
そもそも何か個人的な思い入れがある場合、
「絶対オヌヌメ!みんな買うべし☆」(そんな言葉づかいじゃないかもしれないけど)
なんてあまり何を評価しているのかわからないまま
☆5つついていたりして、本当にただのサクラなんじゃないかと
思ってしまう。

で、ソフトウェアの評価なんていうと、
さらに複雑で、環境とかOSのバージョンとかによっては、
やっぱり使えないものがあって、
でもやっぱりソフトを開発している人が
自分のそれをリリースする直前までの全てのバージョンについて
テスト完了できている、なんていうのは
相当稀だと思う。

結局、動いたら幸運、
動かなかったら残念でした、
みたいなのが私の中では結構ある。

というのも、私は子供の時に
パソコンを買い与えられたものの、
富○通の特殊な位置づけなラインナップのうちの、
さらに始めてのコンパクト機、という代物だったので、
みんな動いていると言っているものが
動かなかった覚えがある。
一番ひどかったのはWindows3.1(そのときは最新!)で、
これは絶対必要だと思って数万円を払って
買ったものの(もちろん親が払って)、
やっぱりインストールすらままならず、
やっとの思いで動いたものの
かたつむりのようなスピードで
あの懐かしい起動音の後にお茶を煎れられるくらい
時間を食っていた覚えがある。

まあ、何が言いたいかというと、
書き込めるからっていって、安易にレビューとかで
ひどい物言いをするのもどんなものかと思いまして。

そもそも携帯電話でそれだけ色々できること自体、
ありがたいと思わないのか。