2014年6月1日日曜日

時間がない時ほどゲームに逃げてしまうあわれ

つかの間の現実逃避と思ってゲームをするのだが、
RPGが好きなのは、やはりそこに物語があってどっぷりはまれるからか。
反面、パズルなどはあまり好きくない。

通勤の途中などでやっている人を見ると、個人的には、
本当に面白いと思ってやってるんだろうか、
ただ皆がやってるから自分もやってるんだろうか、
とか変な見方をしてしまう。

で、今回何が書きたいかというと、
私が好きな市販ゲームです。
といっても、最近は全部ネットでライセンスを購入してダウンロードするようになったので、
ゲームを持っている、という感覚が少し薄れている気がするのですが。

PCゲーム

1.League of Legends
すみません、これで半年くらい寝不足が続いていました。
いわゆるネット対戦のゲームなのですが、
基本無料で
課金は
キャラクターのスキン(能力には影響しないので、ゲームがそれで不利になることはないとのこと)購入とか、
経験値ブーストの類い。
マッチングはすぐ行われるので、
自分の好きなキャラクターをロビーで選んで2、3分(通信状況による)待ったら、
ゲーム開始で、1マッチ30分から45分くらい。
たしかやり始めて2か月くらいで土日やり続けてレベルがすぐカンスト(Lv30)した。


2. Baldur's gate 2

これは10年くらい前にやったのをまた最近始めた。
今、NPCがさらに増えたりバランスを調整したEnhanced Editionというのが出ている。

クォータービューで見る感じのやつで、
ちょっと中ニ病設定っぽいのですが、
Dungeon & DragonsというTRPG本場のルールベースというのと、
英語で結構長めだけどやりがいがあるという観点で
始めた感じでした。
今読んでも相変わらず設定が多すぎて
読み直したりしないと話についていけませんが、
AI戦闘でうまく指示を出せば戦闘自体はすごいスピーディだし
リアルタイムなのでいい雰囲気です。
でも本編終了後、
Throne of Bhaalという決戦編のが続くのですが、
そこは毎回ボス戦闘みたいな感じで
ちょっと面倒くさくなってくる…
(ドラ○ンボールでよくある宇宙最強→銀河系最強→今までの定義はなんだったのか?
 のようなスケールの膨張があり、もともとなみの人間ではなかった主人公が
 よくわからないスケールの存在になってくる)

3. Temple of Elemental Evil

で、最近はじめたのがこちらのエレメンタルイヴィル(そう読んでいいのか?)。
これもスタイルとしては似ているのですが、
上に挙げたBaldur's gateに比べて
キャラクタは悪くいえば没個性的、
考えようによっては感情移入しやすい。
それでやはりDungeon & Dragonsの3.5版のルールに基づいているとかで、
しかもこちらは戦闘がターンベース
(Baldursはポーズを自分で入れないと勝手に進んでしまうが、
こちらは一人一人行動を入力をしていかないといけない。)
のみなので、よりルールの理解が深まる感じか。

今、気に入っているのは
デフォルトで入っていたドワーフのローグ(盗賊)で
黒いほっかむりみたいなのをデフォルトで装備しているのですが、
それにスケールメールを合わせると
なんだかペンギンみたいになって気に入っています。
戦士に比べてすぐ死にかけるし、魔法も使えないし、
と思っていたのですが、途中のレベルで戦士に変えて2レベル成長させたら、
ちょうどその頃強力な剣が手に入って、今では
かっこいいです。


2013年8月20日火曜日

ラプラスの魔


私はゲーム好きです。
しかも、一人で黙々とやる感じのものが。
ネットワーク対戦とかソーシャルゲームとかは
他の人が入ってくるので私の中ではゲームではなくて、
人付き合いのようなもので、
それとは別に自分の中に世界を作って引きこもるような、
RPGが好きです。








でもって、いわゆるレトロPC好きなものなので、

なんとなく世間一般的に「誰がこれやるの?」というゲームが好きになってしまう。

そういうゲームで、
今までに何回か、
人生狂いかける、と言わないまでも、
結構日常生活に支障が出るような中毒になってしまったことがある。

ひとつはWizardry。PSP GOで一つだけ出ていた。
これは最近やり直したんだけど、
やっぱり一度やりだすと止まらなくなってしまう。
それほど面白いと思ってやるわけではないのだ。
どちらかというといらいらしながらやっている。


そしてもう一つ未プレイの古典を見つけてしまった。

ラプラスの魔。

かなりシビアなPC88時代の3Dホラーゲームと来たものだ。
私は一番古くてもPC98レベルが限界と思っていたのだが、
今やってみたら、楽しめたのだ、この「ラプラスの魔」。

年甲斐もなくはまってしまう。
年初にたてた目標などがどこかに揺らいでいく……やばいやばい。


よく知らなかったのですが、
このゲームはただパーティを作ってダンジョンにもぐる、というものではなくて、
幽霊屋敷のなぞを解いていくというスタイルで
お金を稼ぐには写真をとらないといけないし、
ゲームバランス的にシビアなのですが、
いわゆるクトルゥフ神話系のホラーという私の好みのジャンルであるので、
どうしても気になって、始めてしまいました。

ネットで攻略サイトがあるってすごいですね。
たぶん10年前だったら、私には最初の難関である、
鐘をならして屋敷の扉を開ける、という関門さえ通過できなかったと思います。

最初に作ったキャラクターは2、3人死んでしまって結局消去してしまったんですけど、
とにかく成長させていくのになかなか時間がかかるなあ、と思いつつも、
今、幽霊屋敷からワープして古城へとやってきました。

ここからが本番らしいです。

どうしようかなあ、
決して暇をもてあましてなんかないし、
このゲームの話なんてそう世間でしていなさそうなのですが、
ついつい時間をとられてしまうのですねぇ…


2013年1月3日木曜日

you and me in time



今年は、久しぶりに長めのお正月休み。
三賀日の終わりだけど、これだけまだ気分に余裕があるのは
不思議な感じ。

家族と長くいるのも、久しぶり。

最近は人と会うたびに、
この人とあとどれくらい時を過ごすことができるのだろう、
あと人生で何回会うことができるんだろう、
とか思ってしまう。

友達が海外とかにいる場合は特にそうだけど、
日本にいても、東京にいても、
やっぱりこの後どれくらい時間が残されているんだろう、
というのを考えてしまう今日この頃。

震災。
やっぱり大きかった。

それでも歩み続ける。



2012年12月9日日曜日

「SHAMANIC FREE PSYCH/ DRONE/ 舞踏」11月3日@渋谷公園通りクラシックス





2012年11月3日dadunr を見に行きました。





ふとしたことから

maguna-techの博美さんの舞踏を見に行くようになって、
そんなつながりで11月3日に見に行って、衝撃を受けた。

この方。



胡弓という楽器もめったに見ないのに、
年始めに神社で流れているようなドローンを主体にした、声、胡弓、ピアノによる即興。

出演者全ての方も、みんな呪術師のようだった。

そんな場に幸いというか、撮影として加わらせていただいたなんて、何たる幸運。
自分の中に、何かがたくわえられたか、吸い出されてしまった感じがした。





2012年11月18日日曜日

そして近づく年末

なんでいつも気がつくと、毎年この季節なのだろうか。

今年は夏ごろからプライベート、仕事と色々とあり、
今でも心は落ち着かない状態。

そんな中、昨日何を血迷ったか、雨の中、
スカイツリーを見に行ってしまった。

別にものすごくスカイツリーに興味があるというわけでもないのだけど、
半蔵門線を上り方面にずっと行くと、終点が押上、かっこスカイツリー、
となっているということは、途中で降りなければ、
本当にあのスカイツリーにたどりつけるのか?
と思い、当初の目的下車駅を通過して、ずーっと行ってしまった。

一人で行動しているならではの、フレキシビリティ。

いざ着くと、
長い地下道があり、人もまばらだった。
おそらく雨だったのでスカイツリー「タウン」のほうに皆行ったのだろう。

誰もいない出口の階段を登りつめて地上を見回すと、
つげ義春の「おばけ煙突」のように
スカイツリーはそびえ立っていた。

気分が晴れないときは、
どんなものを見てもこんな感じだ。

これだったら、会社に行く途中の公園の入り口のアーチを見ていたほうが、
まだ気分が晴れたかもしれない。

あーあ。

2012年2月19日日曜日

のりたま

私は子供のころに家族に健康上の問題があって、
塩分ひかえめで食事を用意されていたせいか、
調味料類(特に塩味をつけるもの)を省略する傾向がある。

そんな生活の中でもひかえなかったものといえば、
ふりかけだろうか。

そしてのりたまは今でも欠かせない。

実際のりたま無しで食べろと言われれば全然大丈夫なのだが、
のりたまがあると、ああやっぱりごはんにはのりたまなのだと思う。

今度時間があったら、
のりたまのかかったごはんを水彩画で描いてみたい。

2011年11月24日木曜日

みかん

みかんの美味しい季節になった。

子供の頃と比べると、身の回りで食べられる果物の種類も少しずつ変わった気がするが、みかんは変わる事のない永遠の親友のようである。

身の回りの風景にみかんがあると安心してしまう。
仕事場であろうが、外の風景であろうが、私的な空間であろうが。

イタリアに飽きに旅行に言った時、滞在先の家のお母さんが、最後にみかんを持たせてくれたのも良き思い出。

今度ペットを買ったり、新しいプログラムの開発コードなどを名付けるときは、たぶん「みかん」になるだろう。そう思ってしまうくらい、毎年今頃になるとみかんのことを考えてしまう。